流星 おがしゃのブログ

冒険という夢を追いかけて世界を旅するフラッシュパッカー ゼロからのブログ

東南アジア5ヶ国の旅 雨天炎天辺境紀行

旅の始まり

 僕はいつから一人旅を始めたのだろう。はっきりと覚えていない。 その頃2008年はリーマンショックで全ての希望がもろくも崩れ去った。仕事も私生活も荒れて、心を正気で保っていることが難しかった。そして、時の流れによって僕の性格も変わっていった。

 そんな時に沢木耕太郎「深夜特急」を再び手に取った。困難な時はいつも何かの本に助けられてきたからだ。タイチャオプラヤ川とその川辺に暮らす人々に溶け込むことで、誰しもが祖国の慌ただしい生活から解放される。

 僕も転職を経験して仕事に忙殺されてきたから。そう、息ができないほどの満員電車で「何のために生きてるんだろう」とふと思ったりもした。

「少しの期間でいいから旅に出よう、優雅な時間の流れに身を任せよう」

 多くのバックパッカー初心者がタイ・カオサンに集うように、僕もカオサンという響きに魅かれていった。僕は30Lの小さなバックパック一つで、今まで行ったことのなかったタイ・カオサンを目指した。

 

 これが本当の僕の一人旅の始まりだったのかもしれない。

 

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 カオサンは急激な変化によってファッショナブルな観光地となり、高級ホテルが建設され、周辺の物価が上昇していった。それでもカオサンは世界中から沈没組、外こもりなどと呼ばれる人達がビザランによって何年もタイに滞在する・・・・・・

 しかし、次第に日本のバックパッカー達はカオサンを避けるようになった。交通の便の悪さからも日本のバックパッカー達はBTSやMRT駅周辺の安宿やドミトリーのホステルへと移っていったのだ。また、日本の女性一人旅も増えて、安全で安心できる地域の宿を求めていくようになっていった。

 

 でも、僕は今でもカオサンが好きで、安宿のゲストハウスに泊まることも多い。ドミトリーには泊まる気がしないが、窓付きの個室が確保されれば、それだけで満足できるのだ。

※ご参考10B(バーツ)≒30円

 

8月5日(金)旅の1日目

 エアアジアXを既にWebチェックインをしているため、カウンター行列に並んでいる人達を横目に優先カウンターにてチケットを受け取った。

 エアアジアとは長い付き合いになる。日本に就航できたことを本当にうれしく思う。

プロモーション価格で往復NRT-DMK約2万5千円で650円のランチを追加オーダーした。

 ゴールドカードを持ちながらもエアアジアXを使うのは安さである。出発前にゴールド会員向けラウンジでビールを飲むのも習慣になっている。ビルゲイツがファーストクラスではなくエコノミー席を好むといった訳ではないが、最低限のサービスがあれば十分満足するのである。

 

 昨日まで仕事をしていた自分は荷物を簡単にまとめ、早朝便のフライトに現実感を失いぼんやりと空港施設を眺めていた。

「ああ、バンコクに行くんだ」そんな独り言をつぶやいた。

バックパックは軽かった。エアアジア受付で計って5.6Kgだった。7Kgまでが持ち込み手荷物が無料である。

「バックパックの中身」着ているのを含めて

  • 下着パンツ3枚、Tシャツ2枚、パーカー1枚、パンツ3枚、タオル1枚
  •  胃薬、下痢止め、絆創膏、傷用メモ、去年タイで買った抗生物質
  • 洗剤、ひも、洗濯バサミ
  • 石鹸とシャンプーリンス
  • 歯磨きセット
  • 虫よけミスト、おすだけベープ 
  • SNOW Peak 600と400と400用蓋
  • フォーク兼用スプーン
  • IQOSとVAPE

重要なもの

  • パスポート 写真3枚 コピー2枚
  • 現金9万円とVISAカード
8月5日(金)13:45 定刻通りバンコク着

 バンコク・ドンムアン空港にて入国審査を終えた後、まずはSIMを購入することになる。フラッシュパッカーとはPCを持たずスマホで旅する意味を持つ、貧乏旅行ではなくお金が必要な時にはしっかりと使う(自説)

 AIS 2週間399BのSIMを購入する。(航空機内でビールを1万円札で支払いお釣りをバーツでもらっていた)次は移動のためにエアポートバスでBTSモーチット駅(MRTチャトゥチャック公園駅)を30Bで目指す。

 途中BTSチットロムでスーパーリッチで両替。7万円をバーツ、1万円をドルに換える。

 宿ナインプレイスはエカマイ駅にありagoda1,749円で予約済みだった。直接だと650Bなので約50B弱お得になる。(独房部屋なのでお勧めはしないがJFはない)

 

 エカマイ駅周辺にあるはずのVAPEリキッド店が消滅していた。タイ軍事政権が水タバコと電子タバコを法規制し販売を禁止してしまったからだ。リキッドを入手するには闇市しかない。ナナのアラブ人街でさえシーシャ(水タバコ)は姿を消し、2~3割増の賄賂料金をお店に課しているという噂を仕入れた。

 バンコク・エカマイは豪雨となった。歩道にもバイクが乗り込み歩いていて危険な状態になってきた。宿に帰る途中、地元の持ち帰り用スープやおつまみとお酒を買って帰ることになった。

 久しぶりにタイ料理を食べた。キャンプ用スノーピークのコップとフォークスプーンが役に立った。庶民の味だ、甘辛でとてもおいしい。

 

バンコクは激しい雨が降り続いている。電子タバコVape用ニコチンリキッドを求めてエカマイからナナへBTSで移動する。

 

 電子タバコVapeを知らない人に簡単に説明すると、日本ではアマゾンもしくはVape専門店で入手可能であるが、液体のリキッドは日本の規制によってニコチン入りが売られていない。したがってニコチンリキッドを求めてバンコクに来たというのが最初の目的でもある。

 ナナに向かうBTSで駐在員にばったり会い、オリンピックサッカーで日本がナイジェリアに4-5で負けたと聞かされる。アソークで彼らは降りた。

 

 ナナの闇市でリキッドを1500Bで入手。危険を伴うが試したいという衝動の方が勝った。せっかくナナまで来たので軽くナナプラザに寄った。こんな軽い気持ちが後で痛い目に合うのである。

 

ナナ 21時頃

 ナナプラザのゴーゴーバーはひと気がなかった。ずいぶん前から噂されていたがお盆の時期を除いて閑散としているらしい。

 

 僕はVapeリキッドを入手できたので軽く覗いて帰ろうという気持ちで2Fに上り、右奥のお店にトイレついでに入った。トイレから戻り、ジントニックをオーダーした。

お客はどうやら自分一人のようだ。ヤバイかも・・・・・・踊るダンサーを眺めながら音楽のリズムにしばらくぼんやりとしていた。

「サワディーカー 横いいですか?」

「サワディクラップ!」

いつものようにくだらない会話をしていた。

 突然女性オーナーという人がドリンク奢ってねよと勝手に飲み始めた。

日本人一人は辛い。ここでは「No! Drink」と厳しく言わないと・・・

 旅の初日は必ずと言っていいほど散財する。多分、お金一杯両替して持ってるから。

そんな時はVapeで気を落ち着ける。なんちゃって(´Д` )

 

 翌日、二日酔いと散財で頭が痛くなっていた。しかし、いつものことでもあった。

 

8月6日(土)旅の2日目

 エカマイに宿をとったのは東バスターミナルから早朝アランヤプラテートへミニバスで向かいカンボジア ポイペド→シェムリアップ→プノンペン→ベトナム ホーチミン→ハノイ→ラオス ルアンパバーン→タイ チェンライ→チェンマイでVISAとって、ミャンマー→タイ→帰国というベトナムの北へ縦断と東南アジア一周を頭の隅に計画していたからだ。

 しかし、二日酔いの体に5時間以上のバスと難関といわれるカンボジアのポイペドの国境越えには、パタヤへの2時間ちょっとくらいの体力しか残っていなかった。

108Bでパタヤ 北バスターミナル着へ。

 乗り合いソンテウ50Bでウォーキングストリートへ。パタヤは晴れてビーチが広がっていた。

 

 さて、宿探し、宿探しと・・・セントラルロード沿いに歩いて賑わっている宿へと行ってみることに・・・・・・これが悲劇の始まりであった。

 随分賑わっている宿を見つけた。前から気になっていたファランがいつもビールを飲んでたむろしている「LKメトロ」周辺の安宿「Chang Thong Guest House」だ。一泊550B→500Bへ値引き。この宿でチェックインと同時にチャーンビールを頼むが、冷えてないといわれLEOビール大を一本買って部屋に向かった。

 

 女性宿主がビール瓶を持った自分に声をかける。

「コンドーム持ってって」

・・・・・・

ああ、ビールのカバーみたいなのか。ようやく理解する。ファランもビールを頼んで宿前の小さなテラスで皆飲んだくれていた。

 

 部屋でシャワーを浴びてビール! アローイ(美味しい)! 部屋は冷蔵庫もTVもシャワーもトイレもついている。パタヤで500Bでこれだけ揃っていれば、まあマシな方だ。しかし、パタヤの夜は暗闇だ。禁酒日とは知らなかったのである。

 

 宿の深夜受付の番人が変わっていた。オカマちゃんである。そして宿に戻ってくるたびに誘ってくるのである。一回500Bとか。ここは・・・・・・なるほどそういう宿なのか。ファランで賑わうはずだ。

 

 僕はゲイの集うLKメトロという街に身を沈めた。

 

8月7日(日)旅の3日目

パタヤ3日目の朝、ゲイの集うセントラルロード近くのLKメトロ。

 今の宿から荷物をまとめスマホのagodaアプリからプール付きで安いホテルを検索する。プール付きホテルは、どこも1200B以上だった。しかし、ノースパタヤに割引で736B「フェアテックス エクスプレス ホテル」を見つけ予約した。チェックインはPM2:00だが大丈夫だろう。

 

 明日のパタヤ-アランヤプラテート行きのミニバスチケットが買える場所をネット検索していた、しかしブログを読んでもよくわからない。女一人旅のブログからセントラルロード沿いのBIG C周辺にあるらしいので行ってみることに。情報が古かったり場所認識違いでネット情報はあまり信頼できないが・・・GoogleMap貼っといてよ!

 

 ソンテウ(10B)に乗ってセントラルロードを北進し、BIC C前で降りる。ミニバスが止まるような場所を一周ぐるりと探し、地元の方に聞くもそんなのは存在しなかった。女一人旅ブログの記事勘違いだった。

 しかたなく、さらに北進すると記憶が甦った、左に行けばパタヤからウドンタニ行きのバスステーション。そこにカンボジア行きがあるかもしれない、道中2件のツアーバス乗り場でポイペドまで行くか?と聞きながら歩いた。

「ああ、ポイペド? あっちあっち」これで一安心。しかし、彼らは適当なタイ人だ。

左に折れてバスステーションへ。

「ポイペド行きはある?」

「ウドンタニだけよ」

・・・・・・

 この時点で10時間以上かかるウドンタニ行きバスはもう乗りたくないという拒絶反応を起こした。(実はVIPバスでここからウドンタニまで行ったことがある)この時更に突っ込んでポイペド行き乗り場を聞けばよかった。線路陸橋を渡って更に北進すればバスステーション、右に折れればミニバス乗り場があったはずなのだ・・・

しかし今でもパタヤーアランヤプラテート 

 

 ミニバスの正確な場所が未だにわからない。

 

【帰国後の情報】

  • サウスロード 3号との交差点
  • ビッグCも近い
  • 260B 4:00 17:30 1時間毎
  • 現地調査要する

 

「ああ、ホテルのプールでのんびりしよう」

僕にはもうカンボジアはどうでもよくなった。ネット情報は時の流れで変わってしまうんだと・・・・・・

 

 再びソンテウ始発乗り場に向かった。普段ならここでビールを買って一息つくのだが、禁酒日でお酒を売ってくれない。

「ちくしょー、ふざけんなよ!」

これほど禁酒日を恨んだ時はない。セントラルプラザまで行き「8番らーめん」を食べた。8と書かれた「ナルト」を見ながら悔しさで涙が出そうだった。

 

 ゲイ宿をチェックアウトしてノースパタヤに向かう。

「ホテルのプールでのんびりとくつろごう」

スポーツジム兼用ホテル。ファラン専用ホテルだ。 安いのには訳がある。別館離れのホテル部屋だった。

 

 夕食は裏通りに屋台や地元駄菓子屋があったので、お酒とつまみを持ち帰って部屋飲みになった。(バンコク初日から部屋飲みだったことを思い出した)外でお酒を飲んでいる姿はない、多分飲んでると逮捕されるのだろう。途方に暮れるのだった。

 

 ノースパタヤ周辺は中国人の団体であふれていた。人種差別はしないけど、うるさくて面倒な奴らだ。中国人観光客用のタウンまでできていた。値段をみると市価の約1.5-2倍の価格で売られている。中国人がタイ人にぼったくられているのだ。

 

 パタヤ 禁酒日二日連続 ノースパタヤのバービア(ビアバー)にも足を延ばしたが、ひっそりと小さな電球が灯っているだけだった。

 

 ビリヤードもできなかったパタヤ・・・・・・

 

 まるで・・・・・・死の街だった。

 

8月8日(月)旅の4日目

昨夜は禁酒日2日連続ということで飲みすぎたかもしれない。

 午前中はプールでのんびりと過ごし、午後からカンボジアへ行こう。カジノで一泊もいいかもしれない、そんなことをぼんやりと考えていた。プールサイドではイタリア語やフランス語が聞こえてくる。パタヤも太陽が昇り、さわやかな海風が熱った肌を癒やしてくれる。

 

 優雅な時の流れだ。

 

「ドス、ドス、トゥリヤー」激しい気合の入った声が、眠気を誘っていた脳に刺激を与える。ムエタイの練習場がプールの反対サイドにあるのだ。筋肉を鍛えたファランがタイ人トレーナーに教わっているのだ。

 

 すっかり目覚めてしまった脳には、これからの計画を練る準備ができていた。

スマホでカンボジアへのルートを検索する。すると奥さんがタイ人の方のブログにノースパタヤのバスターミナル近くにカンボジアへのミニバス乗り場があると載っていた。

これは、今いるところからソンテウに乗ればすぐ近くだ。荷物をまとめ、ランチを食べにホテル裏の屋台へ。

 

 ノースパタヤバスターミナル手前100メーターほどにあるというカンボジア行きミニバス乗り場をいろんな人に聞く。

「そんなのないよ」

「俺のバイクに乗れよ 100B」

・・・・・・

近くのツーリスト店に入った。

「ポイペド行きのツアーはないわよ」

「あの、この近くにミニバスでアランヤプラテート・・・・・・ポイペド・・・・・・カンボジア」

「ないわね。バンコクからじゃないの?」

・・・・・・

 

 旅は計画通りにはいかない。でも絶対にファラン用ビザランツアーがあるはず。

どこに行こうか? ノースパタヤバスターミナルのチケット売り場でどこに行こうか迷っていた。

ムクダハン? アランヤプラテートに途中下車していけるじゃないか。

8:30の次はと・・・・・・17:30(涙)

 

 エカマイに戻ることを決意して行列に並ぶ。ところが日本人二人の女性が窓口でちんぷんかんぷんの英語でエアポートに行きたいのと言っているが窓口も相手にしない。この二人ずいぶん時間をかけて列の最後尾で次のバスに乗れるか心配している自分をよそにプイとどこかに行ってしまった。

「エアポート行き乗り場はここじゃねーんだよ!」

心で叫んでいた。禁酒日連続2日間という熾烈な環境の中で心が荒んでしまったのだろう。

 

 無事チケットを入手してエカマイにたどり着いた。「そうだ、ブルートレインに乗ろう」計画通りに行けなかった自分が悔しい。突然だが北を目指した。フアランポーン駅までアソークで乗り換えてチェンマイ行き寝台列車の切符を求めに向かった。

  •  18:10 Bangkok→Chiangmai 2等寝台 AC上段 791B 

正式なブルートレインはこの後の列車だったが、まあ、いいだろう。時間が来るまで中華街を散策することにした。

 

 中華街の人混みの中で「深夜特急」の一場面が脳裏に霞んだ。折り紙に詩織が子供の心を擽る。のどかで優しい心をどこかに忘れてきてしまったかのように・・・

 

夕焼けが綺麗だった。

 

 フアランポーン駅に戻ってきた。列車は既にスタンバイ状態だった。車両に乗り込み、自分の席を確認。うん、間違いない。ここなんだけど。女性ファランのザックが置いてある。

「あっ、ここいいですか?ほら座席ここだから」

「あ、どうぞ」

周りを確認するとファラン二人の女性ツーリストとタイのボーイッシュな女学生。ザックの横のスペースに座る。なんでどけないんだよと思ってもみたが、どうせベッド作れば上だからと気にせずに、バナナをほうばってくっちゃべってる時空を過ごした。

 

 時々、ファランの彼氏との別れ話に吹き出しそうになり、タイの女学生の目が合ってお互いに「こりゃあかんわ」みたいになった。女学生とは笑顔であいさつした。一人の女性ファランの首の裏側には「希望」と彫られたタトゥーだった。

「それいいね!」と言うと。ウフフと笑うファラン。

 日本語は話せないようだった。話してほしかった・・・・・・

 

 列車は途中から2段ベッドに変身していく。寝台下段でハジャイからマレーシアのKLセントラル駅まで行ったことがあるが、あの時は最初から2段ベッドが作られていた。

 

 今回、上段の方が快適に眠れた。もちろん耳栓とアイマスクは必需品だ。

 

8月9日(火)旅の5日目

バンコク発チェンマイ行きの夜行列車は約30分位遅れてチェンマイ駅に到着した。

 駅に降りると例によってツーリストをカモにする生業がどっと押し寄せていた。いつものようになにくわぬ顔で、左サイドの喫煙所でiQOSを吸いながらカモを狙う人達の流れをぼんやり眺めていた。

 

 例のタイの女学生はレッドソンテウの運転手に何かを告げ、後ろの座席に乗り込んですぐに出発していった。要領を把握したので、ソンテウの運転手にターペーゲートと告げると30Bと言われ乗り込んだ。満員にならなくてもすぐに出発する。

朝食をターペーゲート近くで朝マックする。

「さて、ゲストハウスを探すか・・・・・・」横には数件のゲストハウスがあり、ここも便利そうだ。

 

 かなり前にチェンマイを訪れたときはターペーゲートの左斜め通りにバックパッカー向け安宿が集中していたという記憶がある。プール付きのゲストハウスもあったはずだ。バックパッカー通りはバービア通りを抜けた先に沢山散らばっている。昔泊まったゲストハウスは子供用のプールを作って賑わっていた。

今回の宿はROYAL GUEST HOUSE 1泊350B

ファン トイレ・シャワー付きである。早速プールでチャーンビールを飲む・・・

ビール瓶を倒してしまいLEO追加、ところがLEOの方が高いと知って愕然とした。

 

 このゲストハウスはファランの団体が朝食中だった。寝台列車とはいえ、やはり体力を消耗する。午前中はプールでのんびりしよう。

 

 交通機関と言われるソンテウ、トゥクトゥク料金が以前と変わって2倍以上になっている感覚だ。ゲート周回ではなくちょっとした郊外に行こうとすると100B、ちょっと乗っただけで30B、40Bといった感じだ。 

 ネット検索するとチェンマイのナイトスポットは高騰し続け、ボッタクリが横行しているという情報がやけに多い。

 ランチは有名なカオソーイ・ラムドゥワンへトゥクトゥク100Bで行くことになる。価格交渉したが、なぜか地図を出され「こんなに遠いし、一方通行でぐるっと回るんだ」と言われてしまった。今までなら、「そう、まけないならいいよ」と背中を向ければ値引きしてくれたのだが、強気の姿勢を崩さずしぶしぶ了解した。

時の流れは観光地チェンマイを変えてしまったのだ。

 

 カオソーイのチキンとチャンビアを頼んでランチ。美味しい、もう一杯食べれると思い、ビーフのカオソーイを追加した。完全日本語対応である。普通のお店なので知らないと通り過ぎてしまう。

 

 帰りはソンテウを捕まえてターペーゲートと言うと50Bという返事。やっぱりぼられてるな。トゥクトゥクには気を付けないと。料理とビールより交通費の方が高いのだ。

水を買って宿に戻る途中、斜め前のゲストハウスにアイスが売っていたのでドリアンアイスなるものを頼んで一息ついた。

 

 ドイツ人の宿主はファミリーできているドイツの親父さんに話し込んでいた。

内容はわからないが、子供たちは退屈そうにゲームをしていたのだった。

 

 翌日はメーサーイに移動予定にしたため、ビリヤードは2ゲームで終了。

いろいろ疲れたので宿に帰って早めに寝ることにした。この時、バスターミナルまで行ってチケットを買っておけばよかった。翌日、後悔するのである。

 

 夜はドンチャカ音楽が響くので耳栓は必須である。

 

8月10日(水)旅の6日目

宿を早朝チェックアウトしてアーケード(バスターミナル)へ向かう。

 ソンテウにアーケードまでと告げると100Bと言われ無性に腹が立ったが、昨日のトゥクトゥクの件もあり、しぶしぶ了解した。

 ここチェンマイのボッタクリ交通機関の原因には、お金持ちの日本人移住者の老害が原因であることがネット上で掲載されていた。

何も知らずに温泉・ゴルフがあって物価が安いと定年後ロングステイを決め込んだ老人達がむやみにチップを渡してきた影響らしい(真実は確認できていない)

 

 アーケードに到着し、窓口には人だかり。受付シートを機械から受け取り順番を待たなければならない。それを知らずに勝手に窓口に行きメーサーイ行きを頼んだ。

「12:30の前はもう一杯です」

「えっ、じゃ12:30で」

「パスポートと受付シート」

「受付シート? 」

「はいあっちでもらってから、順番よ」

・・・・・・

 

 後ろに戻り、受付シート自動発行機を押す。銀行かここは?しばらく呆然と座り込む。早朝からこんなに混んでいるのか。順番になり窓口でメーサーイ行きを頼む

えっ8:30? あるじゃん。

パスポートと料金を支払う。これが悲劇の始まりだった。

 

 朝食をアーケード内で食べ、ぼんやりとしていると女性バックパッカーが歩いてタバコを吸う姿が目に入った。かっこいいな、そんなことを思いながらスマホでシャッターを切った。あんな娘と旅してみたいなと自然に自分のチケットに目をやった。

「Mae Sot」んっ。

メイソット?Googleで検索すると西側ミャンマーとの国境近くだ。

「ええ!」チェンマイでミャンマーVISAを取得できるのは知っていたが、今からでは遅い。メーサーイをあきらめてメーソートへ行くか悩んだ。

 

 受付シートを取って待ち、番号が表示されて窓口へ向かう。

「あの、メーソートとメーサーイ間違えたんですがメーサーイ行きたいんです」

「あんた何やってんのよ、払い戻しできないわよ 新規チケットになるけどいい?」

「あっ、はい」

「じゃ12:30ね。席はここで良いよね、じゃパスポート はいサインして」

  • 290B Mae Sotのチケットが紙切れになった。

 こうして無事? メーサーイ行きのチケットを入手し、ぼんやりとバスの流れを眺めていた。

 先ほどのかっこいい女子バックパッカーはMaeSot行きバスに乗り込んでいった。運命なんてちょっとしたすれ違いなんだよね。

 

 時間を持て余して、コーヒーショップにしけこんだ。なんだかんだとあったがメーサーイに行ければ良しとしよう、そう自分に言い聞かせていた。

 

  悲劇はこれでは終わらなかった。メーサーイ行きのバスは出発したのだか、途中で立ち往生してしまったのだ。

「ああ、今日中にはメーサーイにつけないかもしれない」

バスを降り、残り少なくなってきたiQOSを吸う。

約30分ほどだろうか、エアコンの止まった息苦しいバスから続々とみんなが下りてくる。タイ人だからマイペンライかもしれないが、これが韓国だったら運転手に客が殴りかかっているだろうなと想像していた。代替えのバスが到着し、荷物を移し替えて出発。

 

 メーサーイのアーケードに到着し、ソンテウに乗り換える15B。ミャンマーとの国境周辺の宿を探す。 宿はVILAI HOUSE 1泊600B ミャンマー人夫婦の経営者だと思う。顔に白いの塗ってるから。高いと思ったが宿泊費を値切る元気は失せていた。

 

 シャワーを浴びた後、お酒を買った。国境沿いの川の麓にあるレストランにお酒を持ち込んだ。タイではお酒持ち込みが無料のレストランが多いのだ。多くの観光客は知らない。

 

もう何も言うことがない。

夕食をボーダーの夕日を眺めながら・・・・・・

美しい風景だった。

 

 バイタクに勧められライブハウスへ連れていかれる。遠いじゃねえか。閉店まで飲んだくれ、お店のボーイに宿までバイクで送ってもらった。チップ40Bもあげたかな?

 

 微かな記憶しか残っていない。

 

8月11日(木)旅の7日目

またもや二日酔い。

 朝食を昨夕と同じ店に入り、鶏の唐揚げごはんとコーヒーを頼んだ。ボーダーを眺めながら・・・・・・キモチ悪い。

 タチレクからe-VISA申請とe-航空券を取るからタチレク空港からヤンゴン空港でVISA取得は可能か試してみたかった。

 タチレク空港からヤンゴン空港までは約1万7千円位でプロペラ機が飛んでいる。

逆ルートは可能であるとネットで確認している。陸路でヤンゴンを目指すのは小民族イスラム教徒との激戦中で不可能なのだ。

 

 朝食後、宿に戻り荷物をまとめボーダーを目指す。ふと考えると毎日宿を変えていることになる。

 ヤンゴンに行けるかもしれないという期待を持ってボーダーに向かった。ボーダーでは500バーツが基本だが、なければ10ドルで通過できるという情報を得ていた。

タイ出国審査はすんなりといった。

 

 さて、入国審査は・・・・・・

「タチレク空港からヤンゴン空港に行ってミャンマーVISAを取得するつもりですが可能ですか? 」

・・・・・・ああ、VISA持ってればね」

「えっ、e-VISAだったら大丈夫?」

「e-VISA? どれどれ・・・・・・」パスポートにe-VISAが差し込んであるか確認している。

「君、ダメだよ e-VISAないよ タチレク区域以外無理だね」

「あっ、はい。わかりました。ヤンゴンへはいけないんですね」

「そうだね、残念だが 500Bでタチレク地域周辺だけ」

小銭を集め単位を間違えたふりをして50Bを渡そうとする

「おーい・・・・・・10ドル持ってる?」

「えっ10ドル? じゃこれで」

10ドルを渡してパスポート預かりの茶色の仮想パスポートを渡される」

「気をつけなよ、1日延長すると1000B追徴だよ! 女にも!」

「へへーい お代官様!」

「パスポート受け取りは反対のあっちだからな」

「はい。わかりました」

「君、いいやつそうだな・・・・・・

 

 こうしてミャンマーに入国したのであるが、ツーリストをカモにする生業が多いこと。

「おーい、君。お寺、ガール置屋・・・・・・ツアー 安くするよ!」

すべて観光メニューである。完全日本語化対応である。置屋が観光メニュー化されているのをこの目で見たのは初体験であった。ネットの情報通りである。この地帯は昔、ちん〇タワー周辺で置屋が繁盛し、鬼畜日本人が幼女をむさぼり、エ〇ズをばらまき? 感染しまくった地帯である。

 今は行政によりそのような置屋は無くなったのだが、このタチレクの観光メニューに置屋があるということは行政も許可しているということになる。

 実際に行った日本人の体験談をネットでも読めるがあくまでも昔の余韻である。この地帯はゴールデントライアングルから近くアヘンのメッカでもあったのだ。

 VISAと航空券さえあればヤンゴン空港へ行けることを確認し(多分ね、その時々によって変わるから)、ミャンマービールを買い求めて散策する。

 

 2本で60B ミャンマービールは好きなビールのNo1である。ミャンマービールをバックに詰め込み、街の雰囲気を観察する。おみやげ屋だらけである。ミャンマーへは2回訪れているのでこれといった感動は何もなかった。見る所もないので1時間でタイへ戻ることにした。

 

 さよなら、タチレク、メーサーイ。

タイのメーサーイに戻り、ソンテウに乗ると日本語でおじさんが話しかけてきた。

「日本人だろ? 俺さ、日本の横浜に住んでたんだよ」

「へぇー、だからそんなに日本語うまいんだ」

「横浜で工事、コンクリート もう毎日」

「ああ、横浜で工事の仕事してたの 戻ってきてからお金持ち?」

「お金持ちになったさ、今はそうでもないけど。ソバばっかり食ってたな」

「そば以外は食べなかったの? 寿司、てんぷらとか」

「狭い部屋に閉じ込められて朝・昼・晩ソバだけ」

「ふぇ~辛かったね!」

そんな会話を続けていると他の運転手から「早く出発せーや」という声が聞こえた。

とりあえず、アーケード(バスステーション)へ。

 

 アーケードのインフォメーションでトライアングルの行き方を聞くと戻ってブルーソンテウに乗れと言われる。レッドソンテウのお兄さんは2000Bで行くとか言うし。なめとんのか、こいつと思いながら引き返すことになる。ブルーソンテウ前に着くと後、20分位で出発するよと言われ、金額は40B 安い!

 

 検問が途中にあり、日本のパスポートを提示する。

「どこまで行くんだ?このバックの中身は? 」

「えっと、ゴールデントライアングルまで。バックの中身は・・・・・・

開けようとすると日本語で

「ありがとう」

・・・・・・ありがとう?」

検問を無事通過する。

今まで検問に引っかかって降ろされた人を何人か見てきているが、銃を持った人が入ってくるのはそれなりに怖いのだ。

 

 あっという間にゴールデントライアングルに到着。ラオスの出島に行けるという看板があったので行ってみることにした。

 料金を聞くと500B! たっ高い! スピードボード貸し切りみたいだけど・・・・・・

値引き交渉もむなしく500Bを払ってラオスへ行くことにした。

 

 しばらく待ってスピードボードがやってきた。貸し切りだ。ボードに乗り込む。

ゴーという音とともに猛スピードで走りだした。あまりにもスピードが早くて川に落ちそうな感覚。

「あっちがミャンマーで真ん中が中国でこっちがラオス」みたいな観光ガイドなんだけど、スピード出しすぎで落っこちゃうよ。

「たのむ・・・無理しなくていいからゆっくり行ってくれ!」

 

ラオス到着 

「なんなんだ?」

ボーダないじゃん。パスポートスタンプ関係ないじゃん。観光用のラオス地である。船長には40分な! とか言われるし。

 

 BeerLao2本とタイの焼き鳥みたいの食ってランチ終了! 

 

「ワンワン、なんか頂戴!」可愛げな犬が足元でお座りしていた。サソリが入っていたラオスウィスキーも売られている。 

「買わねーよ!」と心でつぶやいた。 という観光客専用ラオス地を30分で脱出する

「アイス食ってチェンライへ行こう!」心には何故か虚しさが残った。

 

 ミニバス乗り場、チェンライまで50B 

 

 ゴールデントライアングルからミニバスに乗った。決められたミニバス停にて人が乗り降りする。途中日本のお相撲さんみたいな人がチェンライ? と乗り込んできた。日本人と思われるがオタクっぽいので話しかけるのは避けたのだ。

 

 GoogleMapで経路を確認するとメコン川沿いに走っていた。チェンライへの直通運転ではないので約2時間程かかって到着した。

 宿探しはアーケード近くが便利と思いGoogleMapを頼りに宿を決めた。タンヤハウス 冷蔵庫、エアコン、トイレシャワー付きで400B。シャワーを浴びチェンライの街を散策する。

 チェンライは2度目の訪問になる。懐かしい。新しいホステルや猫カフェができていた。あの有名なホテル併設のMPはクローズされていた。

 タイ北部は移民者のエ〇ズ被害が拡散され、風俗店を治安部隊が閉鎖していったのだ。生き残っているのはマッサージ屋だけだった。

 

 宿に戻り、シャワーを浴びしばらくして旅の疲れからベッドに横になり軽く眠った。

夕方になり、バービア通りへ繰り出す。ラオスやミャンマー人の出稼ぎバービア通りも殆どが閉鎖されていた。入口角のバービアだけが開いているだけだ。

 

「おーい 君、日本人だろう?」

「あっ はい」

「一緒に飲まないか?」

「へ〜い ガッテンでい」

普通なら日本語で話しかけられたら警戒するのだが、ここはチェンライ田舎町。お気楽である。

 2人はツーリストでチェンライは3日目とのこと。国籍はUSAでハワイの日系人。5ヶ国語位をペラペラ話す。バイクやら車の話題で写真を見せてもらったが大金持ちだ。ビリヤードをやったり、呑んだくれてクローズまで過ごした。

 

 ラオッ娘の気がふれたような踊りに見惚れた。チェンライの夜は更けていった。宿への帰り道、MP跡には立ちんぼが10名程屯していた。話を聞き色々と情報を得て宿に帰還する。彼女たち(ラオスとミャンマー)の出稼ぎが途方に暮れているのだ。彼女らは仕事を失った出稼ぎ外国人だ。気を付けなければならない。

 

タイ北部は特に・・・・・・危険なの!

 

8月12日(金)旅の8日目

完全なる二日酔い。

 ここまで読み進めて頂いている読者には筆者が毎日のように飲んだくれているのを薄々と感じているかもしれないが、アル中患者ではないことを宣言しておく。

 さて、チェンライでは米国籍のしかもハワイから日系人2人のおいちゃんたちと知り合いとても有意義な時間を過ごすことができた。

 

 タイに来て丁度一週間が過ぎた折り返し時点である。もう読者は気づいているかもしれないが無計画の行き当たりばったりな筆者を多少「こいつ、もしかして・・・・・・」と思われているかもしれない。でも、どう思われても仕方がないが、これは事実ノンフィクションなのである。

 

 チェンライからチェンマイのバスは実は昨日計画的にランチした場所、つまりアーケード(こちらではバスステーションの呼称)で取得していたのだ。度重なる当日取得の失態経験から学んでいる。

 チェンライのアーケードは大改修を行っており、混雑極まりない。今日は雨模様で、余裕をもってチェンマイ行きを待っていた。

 例のお相撲さんオタクもいたのだが、同じバスではなかった、多分当日券で午後のバスになるだろう。タイ北部のバスチケット争奪戦は厳しい。

 

 あっという間にチェンマイに戻ってきた。これまた移動を考えてゲート内宿泊施設ではなくバス・鉄道ステーション近くの宿を探すことにした。レンタルバイクを借りればいいだけの話だから。

 

 アーケードの周辺を歩いて宿探し。歩いて5分ほどすると新しいデザイナーズマンション的宿を見つけた。1泊490Bと書いてある。宿を決めた。最上階だ。風景が良いところだ。洗濯を済ましてランチとバイクを借りにアーケードに向かう。

 

 カオソーイ 40Bだったかな? 当然ながらタイ・ウィスキーも道中のお店で仕入れた。レンタルバイク 1日(24H)250B パスポートと引き換えに借りる。

 

YAMAHAのスクータ。

 

これがハンドル曲がってて左に行こうとするんだよね。マイペンライ!

 

 時間はまだ早かったけどナイトマーケット方面に繰り出した。ファランがビール飲んでビリヤードやってるだろうと思って。混ぜてもらおう。店やってない!

いや、一軒オープン中だった。チャーンビアを頼んで対戦相手を待つ。ファランが現れるも悲しいことに友人二人でプレーすると言われた。

 

 お店のお嬢と対戦する羽目に・イヤな予感。ドリンク奢らされて4杯、自分のと合わせて8杯。かる~く1000B越え、さらにチップで100B。ビリヤードは1回負けただけで略全勝。ダーツも全勝。なんでそんなに奢ったか?

 

 それはね。この嬢21歳なんだけど5歳の子がいてお店周辺を走ったりして遊んでるんだよね。お店のママとこの店の所場代払ってないでもめてたし。色々事情があるんだねぇ。長い時間付き合ってくれたしさ。

 酔い覚ましに「ナーム」食って帰ろうと屋台へ。隣の人が頼んだ現地の方専用料理が運ばれて知らずに食べたんだけど、麺ないし激辛で内臓系が入ってて、食っちゃたんだよね、半生レバーを! 50B! もう死ぬかと思った。

 

 何もすることなく宿に帰って爆睡した。デザイナーズマンション的な宿が気に入ったので延泊することにした。

 

8月13日  (土)   旅の9日目

明日はバンコクへ列車で戻ろうとレイルステーションへ向かった。

 レイルステーションに着いて明日の列車を予約しようとインフォメーションに尋ねた。

「オールトレイン フル!」

「エッ、じゃあ明後日は?」

「空いてるよ〜 チケットは隣の窓口で買って」

「は、はい」

  • 明後日の8:50発AC 2等座席を購入  641B

単位が細かいのは国鉄の威厳なのか? 列車が到着したようだ。ファランをカモにした生業達が一斉に動き出した。 

 

 バイクでチェンマイ郊外をツーリングする。スマホのGoogleMapがアシストしてくれて助かる。便利になったものだ。数年前までは考えられなかった。途中、ガソリンスタンドで給油する。中心部に入っていくと一方通行があって、遠回りになる。方向感覚がなくなるのだ。

  突然、雨が降り出し、バイク・スリップを恐れて雨宿りする。次第に小雨になり、バイクでチェンマイ周辺を観光した。

  宿に戻ると体調が優れない。下痢と胃痛だ。昨夜の激辛スープにあたったらしい。

薬を飲んで寝ることにした。

 

8月14日(日)   旅の10日目

どうやら東南アジアのバクテリアに感染したようだ。下痢が止まらない。

 昨年タイで購入した抗生物質を摂取する。下痢止めは飲んではいけないらしい。バクテリアを体外に放出しなければ永遠に苦しむことになるとのことだ。これは旅の常識である・・・・・・? 既に何度も経験しているため対処方法はわかっている。安静にして水分を取り、ひたすら寝むることだ。自己流の対処方法は、プールサイドで眠ること。

 

 早速、鉄道ステーション近くのプール付きホテルをagodaで検索し、荷物をまとめバイクで移動する。パスポートはバイク屋に預けているのでコピーにてチェックインする。

  • Eden Garden Resort Chiangmai 490B。

荷物を部屋に置き、昨夜の宿に戻り、チェックアウト。そしてアーケード近くのレンタルバイク屋にバイクを戻しパスポートを返却してもらう。ソンテウは沢山走っているので30Bで今日の宿近くまで送ってもらった。

 

 体力もそろそろ限界に近付いてきた。天気は曇りがちで太陽が出てこない。部屋に入り一息ついてから、プールに向かった。 小さなプールだが一人で独占できた。冷たい水が体に気持ちいい。しばらくバクテリアと戦うことになる。

 部屋に戻りトイレとベッドを行き行きしながら眠ることになる。多分体重は3~5Kg減ることになる。減量には良いかもしれないが腹痛と胃痛で外出する気にはならない。今日はこの部屋で過ごすことになるだろう。こうして翌朝まで抗生物質治療が続いた。

 

 明日早朝にはバンコク行き列車に乗らなければならない。

 

8月15日  (月)    旅の11日目

下痢も回復して列車でバンコクへ
 定刻通りに出発する。天気は雨模様。ぼんやり描いた旅の計画は、アクシデントでうまくはいかない。
 
 しばらくするとコーヒーとクッキーがサービスで運ばれてきた。鉄道利用は遅れるという常識があり、多くの人はバスを利用する。昨日の日曜日はバスも満席で鉄道へ切替集中したのだと思う。フライトも完売していた。
 
 窓の外は雨が降り注ぎ、乗客から放り出される食べ物を待ち続ける犬達が線路脇を屯していた。足の悪い犬が目立つが、轢かれたことがあるのかもしれない。
 
 お昼はタイカレーが出された。中々の味。そして最後にコーヒーとスナック菓子が出された。 約1時間程度の遅れで、フアランポーン駅に到着。
 
最後のブルートレインを写そうと日本人の鉄道マニア達がシャッターを切っていた。
 
 宿は駅近くのゲストハウス 一泊350Bを見つける。明日は早朝便でベトナム ホーチミン市へエアアジアで飛ぶことにした。スマホでチケットを購入してチェックインを済ました。ついでに復路も購入していた。
 
 ゲストハウスはタイ情緒溢れる宿で、部屋はベッド以外何もないが共同トイレ・シャワーはしっかりと水が出てくれた。シャワーを浴び、軽く飲もうと考えてスクンビットまで繰り出す。
 
 ソイカウボーイは日本人でごった返していた。やはりバカラは人気で座る席がない。
しばらく席が空くまで入口でタバコを吸っていた。お盆のこの時期は日本人で埋め尽くされる。チャーン、ジントニックを3杯とフライドポテト。1000B近く請求され、物価の上昇が激しいのだと理解する。ちょっと前の2倍以上。お盆価格もあるかもしれない。
 古ぼけたバービア街まで歩いてビリヤードを数ゲームする。相手の娘に勝手にドリンクをオーダーされてしまうが300Bにおさめて帰る。
 
 ナームを食べて帰ろうとしたが、チェンマイでの感染もあってフアランポーン駅周辺のセブンで日清のトムヤムヌードルをお湯を入れて持ち帰った。
 
 明日は早い。移動と人混みに疲れて眠りについた。
 

8月16日(火) 旅の12日目

  • DMK → SGN 7:45-09:15 
  • 搭乗券はスマホairasiaアプリ内にて07:05搭乗時刻
早朝、ゲストハウスをチェックアウトしてフアランポーン駅の通りでタクシーを捉まえる。
「ドンムアン空港まで いくら?」
・・・・・・メーター」驚いた!早朝タクシーでメーターで行ってくれるという。
「OK! ありがとう」タクシーに乗り込む。
「高速使うか?」
「どちらでもいいよ」どうせ遠回りして高速代上乗せするんだろと・・・
・・・・・・高速使わないで行くよ!」かなりいい人だ。
過去何回もバンコクで早朝タクシーに乗っているがこんないい人は稀だ。大概、5~600Bふっかけてきて300Bで手をうってきたからだ。
約30分ほどでドンムアン空港に到着する。メーターは208B。チップを含めて240Bを渡そうとすると・・・・・・
「200Bでいいよ!」うそだろ、こんなの初めてだ。運ちゃん、宝くじでもあたったのか? 200Bを渡し、お礼を言う。「良い1日を!」運ちゃんにこんなことまで言われた。 バンコクの奇跡である。
 
 搭乗券はスマホの中。パスポートとスマホを出国監査官に渡して出国手続きをする。無事タイの出国スタンプを押してもらって朝マックへ。
 出発ゲート近くに喫煙ルームがあった、既にIQOS用たばこは切れていたので紙タバコを免税店で購入した。
 毎度のことなんだが中国人がライター貸してくれと言ってくる。中国人はライターを持ち歩かないで借りるのが習慣化されているのか、これは韓国人も同じである。
男女を問わず唾を吐き散らすのも共通点である。
 
 搭乗がはじまり、搭乗券スマホとパスポートを見せるもエアアジアの女性にいつ入国したのか? ビザラン? などしつこく聞かれる。なんでエアアジアのおねーさんにしつこく聞かれなきゃいけないの? 出国監査官ならわかるけど。沈没組じゃない、髭面になってバックパッカーみたいだがフラッシュパッカーだ!
 入国が2015年スタンプが見開きページに色々押してあって、ミャンマーからの出国やらが重なって1年以上タイに滞在しているようにみえる。タチレク日付を理解してくれた。
 バスで飛行機までたどり着く。この時ベトナムからタイに戻ってこれないかもしれないという不安が頭をよぎった。タイでビザランを何回も繰返す不良外国人への追出しが強化されているという情報をインプット済みだからだ。「IO」スタンプを押されたらもうご臨終である。
  あっという間にベトナム タンソンニャット空港に着いた。入国審査前に空港内SIMカードが売られていたので10ドルで購入。スマホ内のエアアジア・アプリ搭乗券は電波がなくても開けるようになっている。ついでに入国カードは要らないのか? と聞くと必要ないらしい、ベトナム。
 煩雑な事務処理を省くとは、いい国じゃないか! 
 
緊張の初ベトナム入国審査
「リターンチケット!」
「・・・」何? 帰りのチケットがないと入国できないのか?
スマホで復路SGN→DMK 8/19 15:50-17:20 87.50USD の画面を開きスマホを入国監査官に渡す。
・・・・・・」ポーン スタンプの押される音。無事、ベトナムに入国できた。
何人かの外国人はリターンチケットがなく「キャント」という甲高い声で別室へ囚人がごとく行かされていた。
なんという国なんだ!恐ろしや。
ベトナム戦争で米国連合に勝った国・・・・・・
中国の侵略に勝った国・・・・・・
精神的軍事力・・・・・・
中国人観光客パスポートにFuckYouと書き込むお国柄・・・・・・
 両替所で40ドルを現地通貨に換える。インフォメーションでMAPをもらい綺麗な女性にナイトスポットのある地域を書き込んでもらう。イエローバスで行けという。
  • イエローバス20,000ドン 約80円 (1ドル≒100.8円 当時)   
 バス終点近くにバックパッカーが集うというブイビエン通りがある。タイ・カオサンみたいなもんだ。適当に宿を決める。一泊12ドル シャワー・トイレ 喫煙OKの窓付き部屋。 シャワーを浴び、ランチを兼ねて散策する。
 タイでいうソイがあるんだがバイク1台が通れる位の狭い道があちこちにある。市街戦であれば敵国はこの迷路のような路地から狙い撃ちされるだろう、などと感心していた。戦場を考慮した街造りだ。 
 ベトナム名物のフォーとシンガポールビールのタイガーを飲む。お店にはこのタイガーとハイネケンしか置いてなかった。サイゴンビール飲みたかったのに。
 ベトナムの交通事情はバイクで道を占領されて歩行者には優しくない。横断歩道も信号が青でもお構いなしに突っ込んでくる。歩道もバイクが突っ込んでくる。
横断方法は、まず手を下げて相手の目を見ながら、犬を待てするように順次進む。それでも突っ込んでくる奴は殺人鬼だと思っていい。
 こうして何度かひかれそうになりながらも横断要領を得たのである。ベトナム戦争記念館 歩いて20分位なのでGoogleMapを頼りに行ってみた。
 ファランだらけ~ 日本人家族が日本語対応ガイドツアーを受けているのに遭遇。
一緒になってタダで聞こうかなと思ったりもしたが、たどたどしい日本語なので・・
独自観光に切り替え。
       
MGS スネークを思い出した。(メタルギア知らない人には関係ない)
 途中の公園で先程路上で買ったアイス・レモネードを飲んで一息つく。基本、ベトナムは外人に優しい人が多いように思う。言葉通じないので、お客さんの持ってるコレと同じの・・・とオーダーするのがコツ。
 ゲストハウスに戻り、シャワーを浴び仮眠する。ベトナム戦争記念館ではミリタリー研究家としては十分な資料が揃っていた。身震いする、涙が自然に溢れだす、沈黙と怒り。米国人と韓国人の卑劣な行為を許すことなどできない・・・いまでも戦争の傷跡は韓国の仕掛けた地雷やライダハンの孤独と貧困という形で続いている。 
 グリーンサイゴンとレッドサイゴンはレッドの方がパンチがあって好きだった。ピザを頼んで夕食。夜のサイゴンを散策すると、美容院・理容院系で若い娘達が手でおいでおいでする。これは多分韓国系風俗と同じなのだろう。街に韓国語看板が多いのもあらゆる面で影響しているのだと肌で感じる。 
 宿に戻るも爆音は続く、うるさくて耳栓しても眠れないと覚悟して飲むことにした。宿の隣が飲める場所なので、地元の人に混ざってタイガービールを飲む。みんなタイガーを飲んでいてサイゴンビールは飲まないらしい。
 火を吹く青年! 少年? ショータイム 
 夜中の3時であるが・・・いつまでも爆音カラオケと色目づかいのチラチラ(勘違いかもしれない)続くのだ。
眠らない街  サイゴン!
AM4:30頃
サイゴンの夜は終了した。うっすら明るくなってきた。先程無理やり買わされたパパイヤ。隣の宿主が金集めて手数料渡してるし。
眠い・・・・・・寝よう。宿は隣なのだから。 

8月17日(水) 旅の13日目

お昼近くまで眠り、宿をチェックアウトする。
 こんな騒がしい宿に連泊などできない。さて、どこに行こうか? 19日のフライトまで何しよう?
 カンボジアにでも行ってみるか。ベトナムとカンボジアの国境街であるモクバイMocBaiへのバスを近くのバスステーションで見つける。約2時間半の旅。1時間毎に出ている。 怪しいネット情報からはカンボジアのパベットはカジノも置屋もあるらしい。
  • ホーチミン市→モクバイ 40,000ドン≒180円 
安い!    じゃ行こう! バスに乗り込んだ。
 モクバイに着くとツーリストをカモにする生業でごった返す。イミグレまで自力で歩いて行きベトナム出国列に並ぶも遅い・・・あと二人で自分の番、あっ監査官どっか行っちゃったし。トイレかな? 5分位で戻り、無事出国する。免税店側の出口でまたチェック。そしてカンボジアのビザ取得所までまた歩く。カンボジア観光査証は35ドルと表示されている。ネットでは30ドルと賄賂10ドルとか?の情報があるけど正規にシングル観光ビザ35ドルだ。
 1年マルチは40ドルなのでお得な1年マルチプルを取得する。ビザ申告用紙に記入して写真を添付して審査を受ける時に「1年マルチで」と言う。国際バスツアーでは取得できない。   
 カンボジアへの入国カードを受け取り記入して入国。1年のマルチビザも確認。突然の大雨、動くこともできないのでここ国境でランチする。 雨もやみ、カジノ周辺を散策することにした。
 SIMカードを売っているお店があったので入ってみる。購入1ドル!1ヶ月使用リフィールで1ドル! や、安い!   牛達が自分たちで整然と歩く・・・・・・恐るべしカンボジア!
 ゲストハウスを探そうと民家に入って怒られる・・・・・・看板がゲストハウスになってたからさ。
 歩道がないのでサンダルは泥だらけだし地雷もまだ埋まっているってことで・・・プノンペン行きのバス停留所へ行く。1時間に1本ペースだ。 プノンペン行バスを待つ、5ドル。3時間弱で着くらしい・・・・・・遠いな。またもや激しい雨・・・・・・ホーチミン市に戻ろうかな。ドンを使って色々買いこんだ、結局バスに乗り込む。    
 カンボジアのバスはチケットを切らないのでそのまま懐に入るんだと察した。会社に安給料で働かされてんだからしょうがないけどね。
 日本友好橋?メコン川を渡る・・・道路は市街地へ向かう途中、凸凹だらけになって揺れが激しくなる。地雷でもあったんかな。  
 終点のプノンペンに到着した。またもやツーリストをカモにする生業が取り巻く。近くに公園らしき入口があったので、一息ついてスマホで現在位置をGoogleMapで確認する。
 ゲストハウスが群がるとこはどこかな? んっ、スマホが動かない。1ドルではあっという間にデータがなくなるのだ。人に聞いて探すか、としばらく歩くもさっぱりわからない、バイタク運ちゃんに聞くもゲストハウスまたはホテルが通じない、英語まったく通じない。1ドル1ドルしか言わないのだ!
 しばらく歩いていると、ヒューマンリソース大学があり、そこにいた2人の女子学生に聞いてみることにした。 
「あの~すみません助けてくれますか?」
「はい・・・・・・
「ここら辺でゲストハウスないですか?」2人で何やら相談していたが・・・・・・
「ここをまっすぐ行って左にありますよ」
「ありがとう」案内通り、ゲストハウスが現れた。
LAND STAR GUEST HOUSE一泊10ドル
 中国人団体客が2階の宴会場でどんちゃん騒ぎをしていた。シャワーを浴び、夕食に出かけた。
 SIMカードのデータは1ドル10MBしかないようだ。GoogleMapは動き続けている。これを頼りに散策する。 
 ライブハウス的なレストランを見つけ入ることにした。現地の人ですごく賑わっている。メニューを見たら外国人用はかなり高く設定されているようだ。アンコールというビールが3.5ドル、料理が大体10ドル位だ。これは厳しいお店に入ってしまったようだ。   
 アンコールビールは普通の味だったが、ポテチがしけてる。フィッシュアンドチップスを頼んだが作れないと言われ何故かポテチがでてきたのだ。無料だって。生ガキとガーリックトーストを頼み、ビールをお代わりする。
パクチーが必ずついてくる。   
 ガーリックトースト おいしくない。この店、料理が高いにもかかわらず素人がつくってるな。外国観光客は寄り付かないだろう・・・と2本目のビールを飲みほしてチェック。12ドル? 位だった。
 宿に戻るにもGoogleMapがないと迷子になる。土地感がわからないので宿に戻って無料WiFiでバスステーションとか探そう。
 帰り道、地元の人が店前でビールを飲んでたので2本購入 1ドル やっ安い! 
同じアンコールビール 350ml缶だ。  

 移動で疲れたので眠りにつく。 

 

8月18日(木) 旅の14日目

昨夜は旅の疲れからかWiFiでバスステーションを検索することもなくシャワーを浴びてそのまま眠りについてしまった。
 今日はシェムリアップかベトナム・ホーチミン市に戻どって明日のフライトまで過ごそうと考えていた。いずれにしてもバスステーションらしき場所を探さなければならなかった。しかし、ネットで検索すれどプノンペンというところはバス会社が独自の出発場所を持っているらしく、つまり、ツアーバス会社を探すと同時に場所を確定させなければならないらしい。
 シェムリアップに行ったとしても、翌日15時のベトナムからタイへのフライトに間に合うかは難しそうだ。
  
 起きてからカーテンを開ける・・・・・・眼下にバスが10台位屯っている。目の前がバス会社の停泊所なのだった。門は閉まっていて丁度6:30位に関係者が門を開けて入っていった。
「こんな偶然があっていいのか?」
ネットでバス・ステーションがどこなのか判らず苦労していたというのに! 階段を降りて行って、バスの運転手に聞く。
「これはどこに行くバスですか?」
「ホーチミン市だけど・・・・・・
「あっ、いくらですか?」
「10ドル」
「9ドルにまけてもらえませんか?」
・・・・・・いいよ」
「何時に出発するんですか?」
「後、10分位かな?」
「じゃ、目の前のあのゲストハウスに泊まっているので荷物をまとめて戻ってくるので待っててもらえますか?」
「ああ、いいよ」
 僕はゲストハウスに少し興奮した状態で戻り、荷物をまとめチェックアウトし、バスの運転手に9ドルを丸めて手渡し、奥のシートへ行ってと言われて席に着く。途中、案内係員が清掃を始めた。しばらくすると、自分を乗せていなかったのように、最初のチケット始発ターミナルに着いた。
 乗客がチケットを持って乗り込んできた。やはり、懐ドルなんだと確信する。約3時間のバスに揺られ、カンボジア国境に近付くとパスポートを係員が収拾する。しかし、係員が僕のパスポートを調べて言う。
「ミスター! ベトナムに戻れませんよ、30日以内の入国はベトナムVISAが必要になったんです」
・・・・・・そんな、フライトチケット、ほらスマホでe-チケット持ってるから多分ベトナム入国できるかも?」
・・・・・・うーん、頑張ってみてください!」
カンボジア国境に着いた。
 この国際バスはツーリストをすべて降ろして各人が出国手続きを済ませた後、ベトナム入国審査場まで移動し、各人がベトナム入国審査を終えた後ホーチミン市に向かうらしい。
「ベトナムVISAは?」カンボジア出国監査官が言う。
「持っていませんが、この通りフライトチケットを持っています」
「ベトナムVISAを持っていなければ出国できません。あちらに行ってください。」
数人のファランと一緒に個別の監査官詰め所へ
「サイゴン-ドンムアン空港のチケットを持っています、ほら・・・・・・」スマホを渡す。「あのね、ベトナムの規制で30日以内の2度入国は認めてないの」
・・・・・・でも、あっカンボジアみたいにベトナムVISAって入手できるんですか?」
・・・・・・ベトナムVISAは国境では取得できない」
・・・・・・わかりました(涙)」
 カンボジア出国監査官は行列となってしまった次のファランに「キャント」という声を連発していた。頭を項垂れたファラン達と一緒にプノンペン行きバスに乗り込んだ。
バス案内係が言う「ベトナムは2回目の入国はできないんだ」・・・・・・お前らは何度でも入出国できるくせに!
 さらに追い打ちをかけるように言った「はい、5ドルね!」外国観光客がベトナム帰国便を持っていたら悪夢であろうに。
 後日、ベトナムの日本大使館HPを覗くと10ドルで空港から再入国を臨時処置で認めていることがわかった。こんなひどいことするなよ、ベトナムは親日国じゃなかったのか?社会主義国という印象ないのに。
 
 後の祭りでSGN-DMK 87.50USDがデジタル紙屑になった!
 バンコクに戻れないのだ! 
 つまり、日本に戻れなくなった!
 うなだれて、約往復7時間のカンボジア国境の旅は終了した。心は空っぽだった。
 
 プノンペンのバスステーションに到着したらしい。人でごった返している。バス内では咳をするファランが多くマスクをして予防した。もうウザすぎるバイタクにトゥクトゥク達! 
ここはインドか?
 しつこすぎる! バスステーションを離れSIMカードのリフィールで1ドル追加する。
 さて、こうなったら空港でチケットを買おう、と決意する。バイタクがやってきた「どこ行くの?」
・・・・・・空港」
「4ドルで行くよ」
・・・・・・」もう3ドル平均って知ってたけど値上がりしてんだろ!
「行ってくれOKだ! ちくしょう」ぶっきらぼうに答えた。
・・・・・・はいヘルメット」心配そうな顔だ。
結構な時間がかかって空港へ・・・・・・遠いのだ。
途中、「チケット持ってるのか?」
「いや、空港で見つける・・・・・・なかったら考える」
・・・・・・買えるといいね」という会話をした。
4ドルを渡すと・・・・・・
「きっとチケット買える!」と言われてしまう。
空港内チケット売り場に向かう。エアアジアへ。
「今日の便ある?」
「ええ、今170ドルです」
「クレジット使える?」
「いえ、現金だけです」
「そう、じゃ今このスマホで購入するよ」
スマホでエアアジアのアプリでドンムアン空港行きを検索する。
「エラー・・・・・・
どんどん料金が跳ね上がっていく・・・・・・んっ。
「ATMはどこ?」
「あっちです」スマホデータが更新された。200ドル以上!
こんなんじゃ、乗る気になれない!
明日のチケットはと・・・・・・102ドル 8:25-9:30 ゲット。
もう! 株やってんじゃないぞ!
 プノンペン空港周辺の宿で一泊する。再度ATMの場所を聞き、空港から出る。吉野家とかがある!バーガーキングもおいしそうだ。でもドルが・・・・・・。50ドルほどATMでおろしてハンバーガを食す。
 お金は少なくなると心細くなり、お金を持つと豊かな気分になる。
結局おろさなくてもよかったんだけど気持ちの問題だったかな。
 空港周辺の宿を何件かあたり、10ドルの香港系宿に決めた。一番安くて良い部屋だった。周辺を散策すると・・・・・・
 ここらは中華系・・・・・・あっ置屋らしい。怪しい裏通りが。例のごとくお店で屯して飲んでるおいちゃんの側でアンコールビールを頼んで一緒に飲む・・・・・・英語は通じないけど心で通じる・・・・・・これ食べなよとお新香みたいなむちゃやばいマンゴー系の辛いつまみを勧められて食べてみる・・・・・・んっ、うまい! ビール2缶でやっぱり1ドル。 
 この空港周辺を探索する余裕がない。先程、アルコールは出さないという麺屋さんに戻ってNo1メニューを注文する。なんでこの娘達はそんなにじろじろニコニコ見るのか不思議だった。出された料理を一口食べる「んっ、まずい!」3口くらいで残す。
スープ・・・・・・激マズ! 一口で終わり。チェック! 3ドル! なぜかみんな外国人が珍しいのか顔を寄せて目を見開く。まねして目を見開いて笑う、なんじゃこりゃ! 
 途中コンビニと思って入った台湾系のお店で缶コーヒーを2つ買うも4ドルもした。
こりゃボラレタ! (10ドル札を渡しでドルがないとか言って釣銭をごまかされた!)
まるでごみの山と思われる衣類や靴が売られているのにもびっくりしたし、屋台で座ってビールを頼もうとしても外人お断りみたいな目にあったのもカンボジアらしかった。   
 こうして絶望感を背負ったままプノンペン周辺の怪しげな夜は更けていった。
 バンコクに帰りたい・・・・・・
 
 この思いだけを抱いて眠りについた。 

8月19日(金) 旅の15日目

プノンペン空港へは今の宿から歩いて10分位で行ける。
 宿受付で横になって寝ているおねーさんにチェックアウトと言って鍵を返す。おねーさんは再び眠りについた。
 空港周辺は迷彩服の軍人が取り巻いていた。テロ対策だろうか? 空港爆破が多いし、イスラム系とか色々民族紛争があるのかもしれない。 
 スマホ搭乗券はエアアジア受付カウンターでチケットを受取れと表示されていた。
 受付カウンターで搭乗券を受け取り出国審査へ向かった。ポーンというスタンプの音・・・・・・なんて良い響きなんだろう!
 免税店でマールボロが売られていたので、カンボジアのおみやげ用お菓子と一緒に購入した。タイ・ドンムアン空港免税店ではマールボロが売られていない・・・・・・気味悪い写真も煙草箱に印刷されていない。
 市場で2缶1ドルのアンコールビールが1缶≒1.7ドルで売られていた。市場より高いのってどうなのよ?
 
 喫煙室に入ってみると東南アジアでは今まで見たことのないような美しいデザインと爽やかな空気の綺麗な部屋だった。
 搭乗時刻になり、飛行機に乗り込んだ。窓席は最初女性のファランかと思ったが、髪を後ろで束ねた小柄な男性ファランだった。通路側席はインド系中年女性で連れの若いインド系女性が反対側に座っていた。後ろを見ると3席空いている、その隣も3席空間。
 インドの女性がCAに後ろ座席に移動して良いか尋ねていた。CAは全ての乗客が確認され、ドアがクローズされるまでと言っていた。ドアのクロージング。僕は「クローズされたよ移動できるよ、今だよ!」と言うとインド人二人で後ろの席に移動した。自分も通路側席に移動して狭い空間から解放された。 
 
 そして飛行機はバンコクに到着した。正直ほっとした。心が弾んだ、バンコクに帰れた! 
 入国審査、ものすごい行列に並ぶ。先程窓席の小柄なファランともう一人の男性ファラン(身長高い)が話をしていたので連れなんだと理解する。別々の列に並んでいた。自分の前はその小柄なファランだった。
 入国監査官と小柄なファランが揉めている・・・・・・やばそうだ。ついに監査官が怒り出した。
「キャント!」何か記入してパスポートを放り出し、あっちへ戻れと言う。小柄なファランは連れのファランに助けを求めるが・・・・・・何かを自分も持っていないといっている。慌てふためくファラン達。
 も、もしかして・・・・・・「O-I」書き込まれたんじゃないか・・・・・・ビザラン失敗? 入国拒否だ。
 監査官が自分を指さす・・・・・・次! 恐る恐るパスポートと入国カードを渡す・・・・・・緊張で手が震える。
「ポーン・・・・・・」スタンプが押された! 入国できる・・・・・・助かったのだ! 安堵感・・・・・・後ろを振り返ってはいけない。ファランとは知り合いじゃない! そそくさと空港を出て一服し、エアポートバスに乗り込んだ。
 宿はプール付きでスクンビットにしよう!agodaで検索。どこも高い・・・・・・おっ999Bを見つけた。Ruamchit Travel Lodge1000Bでチェックイン、まずは・・・・・・LEOとプール。 なんだろう?この開放感・・・・・・国境越修行を終えた開放感だった。
 ランチを食べにナナ・プラザへ向かう。いいなぁファランがビールを飲んでいる姿を見ているのは・・・・・・安心する。ナナ・プラザの奥にはバービアがあってビリヤードもできる。
 まずは屋台で・・・うまい アローイ! また菌にやられるかも。
ちょっと咳気味なんだよね・・・・・・カンボジア・ベトナム国境の戻るバスで咳をうつされたらしい・・・・・・マスクしてたのに。
  プールバーのお姉さん(中年)と8ボールを2勝1敗。チャーンビア2本。ゲームで1敗したのでドリンク奢るか100Bチップよこせとうるさいので、100Bチップを。会計は≒200B。
 タイ軍事政権によってVape(電子たばこ)・シーシャ(水タバコ)の輸入販売禁止法が可決され、お店はシーシャに今までの2倍位の課金を負わされているそうだ。
 ナナ・アラブ人街にシーシャ店がどの位減っているのか見に行った・・・・・・壊滅していた! きっと夜は賄賂許可得たお店はやっているだろう!  アラブ人の大好きなシーシャ(水タバコ)。アルコール飲んじゃいけないからさ、これ吸えないと欲求不満でイスラム教徒は皆テロリストになっちゃうんじゃないかと心配する。 
 
バンコク 夜のスクンビット
 お盆の時期に訪れたナナからソイカウボーイの繁華街は日本人の姿が少なくなっていた。みんな少ない夏休みを使って弾丸的にバンコクを訪れて、パタヤからスワンナプーム空港へ行き、帰国する人が多いと思う。日本企業の夏休みも欧州企業のように1ヶ月位あってもよいと思う世の流れ。奴隷のように働くのはもう世界では日本人だけかもしれない。ワークライフバランスを理解して、人生の生き方を変えないと老人社会で老害だらけの国になってしまう。
 さて、ナナからアソークへの道中にある援助交際カフェ・テーメーの2Fにあるビリヤードもひっそりとしていてファランが一人佇んでいた。少し前まではプールブルーのビリヤード台でプロ並みの腕を持つ娘達が相手をしてくれていた。今はレッド色のビリヤード台が数台並べられてドリンク中心のお店に変わったようだ。奥の階段からテーメーを覗いてみると日本人が二人佇んでいた。女性は所場代を払ってまで入るかどうか迷っているようで廊下あたりをうろつく。 
 人気のバカラも人混みは疎らで、2Fの喫煙できるフロアーへ行くことができた。煙草とVapeを併用しながら、ジントニックを飲んで音楽と踊りに酔いしれていた。僕は端っこの壁にもたれることができるテーブル席が好きで、全体を見渡せる場所にいることが多い。隣のテーブル席にオタクっぽい黒縁メガネの日本人が座り、目を輝かせていた・・・・・・
 旅慣れると驚くようなことは起きない・・・・・・
 ああ、整形しているなぁとか・・・・・・
 狙われてるな・・・・・・
 どうなるかな・・・・・・
 冷静に状況を観察できてしまう自分が怖い。お盆時よりは多少値下がりしているようだ。一緒に話してみたい娘を見つけ番号を告げる・・・・・・
 
 バンコクの夜は更けていった。
 明日の夜はフライトで日本に帰る。 雨季のバンコクは、蒸し暑さとともにセンチメンタルな夜を演出していた・・・・・・ 

 ナイトライフは今日で完了する。

 

8月20日(土) 旅の16日目

お昼近く、荷物をまとめ最後に宿の冷蔵庫から缶ビール2本をバッグに詰めてチェックアウトする。
 女主人がバンコク週報を手渡し「良い1日を」と言ってくれる。「ありがとう!」スクンビット界隈は日本人街である。バンコクには在タイ日本人達が約4万6千人暮らしている。
 BTSでアソークから隣のプロンポンまで行き日本人駐在員御用達のマッサージ店「ワットポーマッサージスクール」を目指す。
「いらっしゃいませ」
「えっと、タイマッサージ2時間のこのコースお願いします」言葉もメニューも全て日本語である。
「はい。500バーツです」500Bを支払い、バッグの中からビール2缶を包んだビニール袋を出して
「そこの冷蔵庫にこれ入れさせてもらってもいいですかね」と頼む。
マッサージが終わったら飲む予定である。
「あっ、いいですよ。一番下に入れてください」まるで日本に帰ってきたような錯覚を起こす。
2時間、日本人向けの優しいタイマッサージが終了し、100Bのチップを渡して店を出る。(ちなみに男性のマッサー)
 店先でシンハービールの缶を開ける。・・・・・・プシュー!至福の時だ。左斜め前に日本食の鰻屋NAKAMURAを見つける。朝食を兼ねて遅い昼食を取ろう! 
 お店はお酒持ち込みOKとのことで今度はLEOビールを開け、うな重にしようか悩んだが刺身定食をオーダーした。身体がお刺身を求めているのだ。久しぶりに食べたお刺身の日本食。とてもおいしかった。500B+税。基本的に海外では日本食は高い。 
 アソークまで戻り新しく開通したパープルラインに乗ってみようと思い立った。MRTスクンビットからバンスーまで行く。MRTバンスーに着くと国鉄バンスー駅と繋がっているらしい。広大な空き地の中にローカルな雰囲気。切符を持っていなくても出入り自由である。パープルラインとはまだ直接つながっていないのでイエローオレンジラインバスの無料シャトルバスに乗ることになる。待ってれば続々とバスが来るのですぐわかる。   
 チャオプラヤ側近くの駅に行ってみたいと思い、PP08 PhraNangklaoBridgeを告げる。 車両は 日本製で運用ノウハウも伝授しているらしく、乗客を降ろすと一旦ドアを閉めて清掃が始まる。新幹線方式だ。掃除が終了するとドアが開いて乗り込む。とても綺麗な車両だ。日本製というだけで何故か安心できる。
 今はバンスーと直接繋がっていないので乗客は疎らだが、チャオプラヤ川沿いには観光施設が続々と建設中というニュースも見たし、数年で賑わうことになると思う。
宿泊施設も沢山できて今まで川の向こう側(ヒルトンとか高級ホテル観光地帯)に行ったことがなかった人達が手軽に宿泊できる施設ができることを願っている。 
 チャオプラヤ側周辺には広大な空き地が広がっている。巨大ショッピングセンターや観光施設が建設されると思われる地帯。  
 無料シャトルバスは常時5台以上待機していてお客を待たせることはない。MRT ChatuChakPark経由でA1バスに乗りドンムアン空港へ。
 空港施設内のお店も随分入れ替わっていた。成長と競争の激しいバンコクで生き残っていくには厳しい世界なのだろう。 フラッシュパッカーの東南アジア5ヶ国の旅はこれで終了する。 
 国境での入国や出国拒否は旅人にとっては恐怖である。ビザランもタイでは年々厳しさを増している。
 バックパッカーもいいけどフラッシュパッカーのようにクールに生きよう!ネット情報はすぐに古くなる。常に自分の足で、そして自分の目で!いつか何が正しいのか少しづつ判るはずだ。
 
 Goodbye Bangkok! 
 そしてまたいつか。  
 旅を愛する人に捧げる。

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「東南アジア5ヶ国の旅 雨天炎天辺境紀行」・・・完