流星 おがしゃのブログ

冒険という夢を追いかけて世界を旅しています。いつしか世界中を巡り自分の居場所を探し出したいと考えています。 

旅すること

人生で一番幸せな時の流れ

趣味としての小説家 

小説を書くのを生業としない、いわゆる趣味としての小説家を考えてみたい。

 小説を書くことを生業として生きていくためにはそれなりの収入が無くてはならない。ヒット作品が無いようでは食べてもいけない。小説家を副業にしてそれなりの収入を得ている人は多い。過去に要職にありながらも小説を書いてベストセラーとなった方もいる。

 本業と副業を考えた場合、本業は定型業務、副業は個人の創造活動と捉えるならば副業の方が収入は少ないかもしれないが楽しいであろうことは想像に難くない。

 小説を書くためのスピードを競うような内容を目にした。PCへの入力文字数がどのくらいのスピードで達成できるかというものだ。1時間で何文字入力できるか? 10分の休憩後、再び1時間の入力。その繰り返し。本業を小説とする人達が、工場の作業員のようにキーボードを打ち続ける。そして、競い合って優越感を小説家同士で語り合う。日本の本屋さんに行けば文庫本や雑誌など本で溢れかえっている。そもそも、日本人は本好きであったのだが、活字離れが顕著な時代に突入した。MANGAやアニメは世界に普及して世界の若者が日本の文化を親しんでいる。

 本屋さんには多くの本が並べられている。図書館にもあらゆる本が並べられている。でも、図書館は定年退職した人達で溢れかえっている。本屋さんで本を買う人は少ない。唯でさえ忙しい現代人が自らの手と眼を使って活字を読み続けることなど今後も含めて有り得ないのである。やがて、日本の出版界は倒産危機となる。紙の本は世界的にも減少している。

 作者も多種多様になる。有名な作家が書いた作品が面白いと思っている世代が代わってしまうからだ。突然、流星の如き現れた小説家が全世界の読者を魅了するかもしれない。ハリーポッターの作品のように。

 クラシック音楽や小説などは天からの芸術を引き受けたかのような勢いで作者が魅力的な作品を人類に提供していく。一瞬で世界に浸透していく作品は神の意図するがごとく流行していく。

 「君の名は。」興行収入成績は今のところ第2位ですが世界からも注目され世界第1位になるだろう。小説も好調な売上数を伸ばしている。

 こうしてみると、芸術は何か神秘的な要素が含めれるのではないかと思うことがある。有名な作家の人生の振り返りなどを読むと、突然脳に話しかける人が現れ、作品を創る手足が自然と動き出したとする説。音楽と小説は特に多いような気がする。

 

 小説も書き続けることはできるのだろうが、万民が面白く読めて、読み終えた後に人生とは何かを読者自身に考えてもらう内容であってほしい。最初に設計図を持った小説なら良いが推敲で直してしまうのが現実だ。本来の小説家の集いとはかけ離れ、ネットでの新たな時代を迎えるのかもしれない。

 さて、私の長編小説もそろそろ中盤へ進めなくてはいけない。なかなか筆が進まないのは、私自身も「活字離れ」になっているからなのだ。

 

Audible(オーディブル)の時代へ

  人は目から耳へ、読書は音楽のように聞く時代になる。音楽がノーベル文学賞を受賞する時代なのだから。