流星 おがしゃのブログ

冒険という夢を追いかけて世界を旅しています。いつしか世界中を巡り自分の居場所を探し出したいと考えています。 

旅すること

人生で一番幸せな時の流れ

2011年3月11日を振り返る

午後2時46分。東日本大震災が発生した。

 

僕は品川の会社にいた。大きな揺れが続いている。オフィスのキャビネットが右から左へと轟音を靡かせながらこのビルの危険を知らせてくれる。21階にいた僕は何が起きているのか暫くわからなかった。隣のビルが揺れて衝突してしまうのではないのかといった恐怖感に襲われていた。

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六本木のビルが煙をあげている。品川駅に向かう電車が止まっている。

悲鳴がオフィス内に広がっている。館内放送はされていない。全てが未知との遭遇状態だ。

 

業務はすべて停止された。

 

しばらくして、上司である本部長が血相を変えて退館した。

タクシーを真っ先に捕まえて千葉の自宅へ避難したのだ。

 

残された社員。戸惑う人々。

そして冷静な自分。

 

上層部は社員の事より自分の命を優先させた。

恐ろしいことだ。

これが日本社会の現実なのかと心で泣いた。

 

僕は管理職の立場であり、冷静に社員と共に一夜を社屋で過ごすことになる。

女性は個室確保できる部屋へ移動させ、男性社員はオフィス内で簡単な寒さしのぎの銀色の防寒寝具を配布する。水とクラッカーの配布。

 

歩いて帰れる人は帰宅許可が下りた。

道路は僅かな電灯と人混みで息を切らした人々がすすり泣いている。周辺のホテルはどこも満室状態だ。街道では日本人らしく休憩所で無料のドリンク類が配られていた。

 

誰も眠れない一夜を過ごすことになった。

 

社員を見捨てた上司は今も悠々と会社に残っている。

ましてや自分に震災後、電車が止まっているのにも関わらず、なぜ出社できないのかと叱責した。タクシーでも歩いてでも出社しろと言われたのだ!

 

理不尽である。3.11は僕の人生では大きな筋目となった。

 

僕は社員の安全確保に一昼夜働き、翌日土曜日のお昼以降に電車が動き出してようやく帰宅できた身である。

 

今思えば上司に訴訟を起こしてもおかしくない状況である(退職を覚悟しなければならないが)。社員を見捨てた罪だ。

 

日本企業の上層部はきっと同じような行動をしていたことであろう。何か起これば社員のことなど構わず、自分の身を守るだけなのだ。部課長に任せてサヨナラだ。第二次世界大戦時の軍幹部に近いのかもしれない

 

このような日本の会社は狂っているとしか思えない。世界でも超一流企業と評価されている企業でさえ、このような惨めな状況なのだ。

 

今から就職を考えている学生に言いたい。

 

一流企業の名前やプライドで企業を決めても、自分の身は自分で守るしかないのだと。

親の言うことはもう時代遅れだ。あそこは給料が良いだのどうのこうのと言うだろう。でも、世界を見渡してほしい。できれば学生時代に色々な国々をバックパッカーで旅して欲しい。

 

貧しい人々の暮らしの中で世界の実情が見えてくる。そして、自分の生き方を考えることができる。

 

ブランドなど人生では何の価値もない。

 

お金を節約して増やす投資方法を学んで欲しい。

 

バックパッカーの経験は必ず人生への糧となるのだから。

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